#Psycholinguistics #Cognitive Neuroscience of Language
研究テーマ
心理言語学は、言葉の産出・理解・獲得・習得・障害の仕組みを研究する研究分野です。
東京都立大学・心理言語学ラボでは、とくに母語話者が無意識または意識的に持つ言語の知識や、言語を理解・産出する仕組みに関する研究を行っています。理論言語学や神経科学にも関わりのあるテーマを扱っているので、それらの接点に関心のある学生も積極的に受け入れています。
言語科学教室の研究設備
言語科学教室では、さまざまな言語実験を行う環境が整っており、学生は自由に使うことができます。
脳波計 actiCHamp Plus 64ch System & TriggerBox Plus 🍀
脳波計 QuickAmp & TriggerBox 🍀
脳波計 BrainAmp DC 64ch & シールドルーム
視線計測装置 EyeLink 1000 Plus(デスクトップマウント & リモートマウント両方できます)🍀
視線計測装置 EyeLink 1000 Plus(デスクトップマウント & リモートマウント両方できます)
視線計測装置 Tobii Pro nano
近赤外線分光脳計測装置(光トポグラフィ、fNIRS)
経頭蓋直流・交流電気刺激装置 HD-tDCS/tACS 🍀
このほかに実験実施・解析に使用できるワークステーションなどがあります。
🍀 は 心理言語学ラボで所有してる装置で、優先的に使うことができます
担当講義・演習
ことばの科学(1年前期):言語科学教室の教員が数回ずつ担当するリレー式の講義です。ことばに対する理論的研究と実験的研究を学びます。主に1年生を対象とした講義なので、言語科学教室への所属を希望する学生は受講したほうが良いです。
言語科学特殊講義(2年前期):脳波に関する入門の授業で、実際に自分の脳波を計測したり解析したりします。
言語研究における脳波計測の(非)有用性を理解すること、脳波実験を適切に行うための知識の取得すること、MATLABというソフトを使用した脳波解析の技術の習得すること、心理言語学に関する論文(英語)を理解できるようになることを目指します。
言語情報処理の統計学(2年前期):言語関連の実験で必要となる統計の基本的な考え方を学ぶ講義です。Rというソフトを使って心理言語実験で得られたデータに統計処理をする方法を学びます。
心理言語学(2年後期):言語理解や言語産出の仕組みに関する講義です。さまざまなテーマの研究を広く紹介するというよりも、個々の研究で、仮説・予測・結果・解釈を丁寧に確認し、批判的に考察することを重視しています。この講義で扱う研究は、反応時間を計測するようなシンプルなものですので、実験手法に関する前提知識は必要ありません。
言語科学特殊講義(3年前期):行動実験の実習です。心理言語学に関する論文を読んだ上で、自分で
実験を計画して、視線計測実験などを実施します。そのデータを使って、RやMATLABでデータ分析を行います。
言語情報処理研究・言語情報処理特論(前期・後期):大学院修士課程・博士課程の講義です。人間の言語機能を理解するためにはどのようなアプローチが可能なのか、望ましいのか、言語の知識と処理の関係性をどのように捉えれば良いのかなどを議論しています。扱う文献は、言語関連のものに限らず、神経科学などもあります。
オフィスアワー(前期・後期):授業・研究・進路等に関しての相談(日時を確認。
オフィスアワー以外でも、随時、研究・論文指導を行っています。
講義・演習ではないですが、毎年2月に研究会(通称、脳波祭り)を開催しています。
学生の募集
東京都立大学・心理言語学ラボでは、学部生・大学院生(修士・博士)の募集を行っています。
学振PDの受入も可能で、採用実績もあります。
入試情報は、東京都立大学のページを参照してください(学部入試・大学院入試)。
学部生:東京都立大学 人文社会学部 人間社会学科 言語科学教室
大学院生:東京都立大学 人文科学研究科 人間科学専攻 言語科学分野 言語科学教室
心理言語学ラボがある言語科学教室は、理論的研究(音韻論・統語論・意味論)と実験的研究(心理言語学・神経言語学・言語発達脳科学・言語精神科学)を専門とする教員が在籍しており、緊密に連携をとりつつ、さまざまな研究を活発に行っています。
国内で「理論的アプローチ」と「実験的アプローチ」の両方を学べる大学が極めて少ない現状を考えると、とてもユニークな教育・研究環境だと思います。
学部生(大学生)で心理言語学ラボへの所属を希望するひとは、まず東京都立大学の人文社会学部人間社会学科に入学します。1年次の後期に教室希望調査がありますので、そこで「言語科学教室」を希望します。
毎年定員が変わりますが、多くて8名以下で、GPA(Grade Point Average:成績評価のこと)順に配属が決まります。
3年生の夏休み中に教員に相談し、10月初旬に許可を得て「卒業論文登録申請書」を提出します。
受け入れの条件として以下の項目を設定しています(カリキュラム通りに授業を取れば普通に問題ないです)。
心理言語学・実験言語学に関するものであること(研究テーマを参照)
「心理言語学」「言語情報処理の統計学」「言語科学特殊講義」を履修済みであること(担当講義・演習を参照)
基礎的な統計・プログラミングのスキルを身に着けていること
英語の文献が読めること、または読む意欲があること
登録申請書の提出段階で具体的な研究内容を決めるのは難しいと思うので、気軽に相談してください。その際、興味のある大まかなテーマ・キーワードを見つけておくと相談しやすいと思います。
卒業論文では「なるべくシンプルな実験で面白い研究をすること(小難しい解析をして何となくすごそうな研究に見せようとしないこと)」を方針にしています。
大学院の進学希望者は、「人間科学専攻 言語科学分野」を希望して9月(前期)入試または2月(後期)入試を受験することになります。
とくに外部から受験するひとは、入試の1ヶ月前までに研究計画書を添付してメールで連絡をとり、研究計画について相談するようにしてください。
受け入れの条件としては、上記の学部生向けのものに加えて、「英語で論文を書く/発表するスキル」が必要になります。
さまざまなバックグラウンドを持つ学生を受け入れたいと考えているので、学部で心理言語学を専攻していた学生だけでなく、
学部で理論言語学を専攻していて、大学院で心理言語学を始めようと考えている学生などもを受け入れることも可能です。
これまでに指導した卒業論文
舩﨑夏海 (2023) 日本語の焦点はいつどのように特定されるのか―瞳孔径計測実験による検証―
🌸 Language, Cognition and Neuroscienceに掲載 [link]
村上理咲 (2023) 日本語文の統語解析におけるimplicit prosodyの役割
🌸 Glossa Psycholinguisticsに掲載 [link]
志村瑠莉 (2023) 日本語 NPI の錯覚的認可はいつどのように起こるのか―容認性調査と脳波計測を用いて―
🌸 日本言語学会第168回大会で発表 [link]
西本拓海 (2022) ユーモアの解釈に影響をもたらす個人的要因について
[要旨]
ユーモアの理解と、パーソナリティについてどのような関係があるのだろうか。ここで言うユーモアとは、言葉や行動などによって引き起こされる可笑しさや面白さと定義する。先行研究では、柔軟性や自発性を持つ人、
社交的な人、好奇心旺盛な人などが、だじゃれなどの何気ないユーモアを志向する傾向にあるとわかっている。ただ、先行研究はユーモアの志向について質問をし、どのような種類のユーモアを好む傾向にあるのかを測定するのみにとどまり、
実際にユーモアを理解した際に面白いと感じるのかどうかまでは測定されていなかった。そこで、本研究ではどのようなパーソナリティの人が、どのようなユーモアを理解した際に面白いと感じるのかを検討するために、ユーモアとしてなぞかけを呈示し、
それを面白いと判断するかどうかと、パーソナリティとの関係を調査した。その結果、社交的な人や好奇心旺盛な人のほかに、親切な人、協力的な人が特に面白さを感じやすい傾向にあることが明らかとなった。
また、知的好奇心の強い人や批判的で合理的な人が特になぞかけの要素に面白さを感じていることが明らかとなった。今後はなぞかけ以外のユーモアを用いた調査や、それを比較し整合性や妥当性を検討する研究が望まれる。
鈴木裕衣 (2017) 日本語の文理解における感情の影響―事象関連電位を指標として―
🌸 Journal of Psycholinguistic Researchに掲載 [link]
[要旨]
The effect of individual emotional state on (morpho)syntactic processing was investigated using event-related potential (ERP). The participants were randomly assigned to the happy-, sad-, or neutral-mood group (with ten participants in each). In the mood induction session, the happy- and sad-mood groups watched happy and sad movie clips, respectively, for approximately five minutes, and the neutral-mood group was not presented with any clips. In the following EEG recording session, they were presented emotionally neutral sentences, which included (a) syntactically well-formed control sentences (e.g., sanma-ga kogeru), (b) intransitive ungrammatical sentences (e.g., sanma-o kogeru), and (c) transitive ungrammatical sentences (e.g., sanma-ga kogasu).
The results of the ERP experiment showed a mood effect on P600 amplitudes, but not on LAN amplitudes. In 300–500 ms, a LAN effect appeared in every mood condition. In the P600 time-window, the participants showed a P600 effect for the ungrammatical sentences, such as in (b) and (c), regardless of mood in the long SOA condition. In the short SOA condition, on the other hand, the intransitive ungrammatical sentence in (b) elicited a P600 effect. However, the transitive ungrammatical sentence in (c) elicited a P600 effect at the lateral array only in the neutral mood, and at the temporal array only in the sad mood. These results demonstrated that the emotional state of participants have an impact on syntactic processing indexed by P600, by enhancing and decreasing effortful integration processes.
Minemi, Itsuki (2016) Processing of filler-gap dependencies by Japanese learners of English
🌸 言語研究に掲載。日本言語学会第152回大会で発表(日本言語学会大会発表賞 受賞🙌) [link][link]
[要旨]
The present study investigated how Japanese learners of English with upper-intermediate proficiency processed English filler-gap dependencies by conducting two self-paced reading experiments. Experiment 1 manipulated plausibility between the filler and a verb in order to examine whether they could construct filler-gap dependency incrementally. A plausibility mismatch effect was observed at the verb position, which indicates that Japanese learners of English could posit an object gap immediately after encountering the verb. Experiment 2 manipulated verb transitivity to explore whether they can process English filler-gap dependencies predictively. The result of Experiment 2 did not show a transitivity mismatch effect, suggesting that Japanese learners could not predict the object gap before the verb appears during the processing of English filler-gap dependencies. Taken together, learners whose first language does not share many linguistic characteristics with the second language can incrementally process filler-gap dependencies, but not predictively.
Tsumura, Saki (2016) Processing of temporarily ambiguous sentences by Japanese learners of English
🌸 日本言語学会第152回大会で発表 [link]
[要旨]
This study investigated the processing of temporarily ambiguous sentences by Japanese learners of English using a word-by-word, noncumulative moving window self-paced reading paradigm. Experiment 1 examined whether Japanese learners of English showed a garden-path effect. In
Experiments 2 and 3, semantic plausibility and verb transitivity were manipulated to examine whether Japanese learners of English could avoid garden-path effects, using plausibility or subcategorization information during the ambiguity resolution. The results of the reading experiments indicate that
Japanese upper intermediate leaners of English process second language sentences incrementally, and this trend increases with their proficiencies. The results also suggest that Japanese learners of English cannot use plausibility and subcategorization information for ambiguity resolution in real-time
processing. However, the degree of disruption was smaller and the recovery from the misanalysis came sooner when plausibility or subcategorization information were supported by syntactic information. The Japanese upper intermediate learners’ ability to integrate different kinds of
information in real-time processing was less effective than native English speakers, even though Japanese learners could take an alternative analysis immediately when the reanalysis was facilitated by syntactic information.
荒木琴子 (2015) 形容詞-名詞間の連体関係における距離の効果について―事象関連電位を指標として―
[要旨]
文理解研究の主なテーマの1つに、依存関係の構築プロセスがある。これまでの研究では、依存関係にある2つの要素の距離を操作し、それが処理にどのような影響を及ぼすかを観察することによって、依存関係の構築プロセスを探る試みが行われてきた。主語動詞
のような連用関係については、距離の効果が見られるかどうか、またどのようなプロセスが距離の効果の原因となっているのかに関する研究が進められているが、形容詞名詞のような連体関係ではいまだ細かいことは分かっていない。
そこで、本研究は、形容詞と名詞の組み合わせを用いて連体関係で距離の効果が見られるかどうかを検討し、連体関係の構築プロセスを明らかにする。Sakamoto et al. (2003)によると、ミスマッチ表現(赤い手触り)は通常の表現柔らかい手触り)よりも大きなN400成分を惹起する。そのため、形容詞と名詞の距離の操作がN400の振幅、頂点潜時にどの
ような影響を及ぼすかを調べることで、連体関係における距離の効果を検討した。また、記憶容量に関わるとされているリーディング・スパン・テストの成績と距離の効果に何らかの関連性があるかを調べるため、相関分析を行った
草場鈴恵 (2014) 再分析処理における構造の選好性について
🌸 Tohoku Psychologica Foliaに掲載 [link]
[要旨]
人間は、入力された語を即時に組み合わせて文を理解している。しかし、文には一時的構造曖昧性があるため、文の途中で解釈をやり直さなければならないケースがある。このような解釈のやり直しを我々は「再分析 (reanalysis) 」と呼び、それに伴う処理のことを
「再分析処理 (reanalysis processing) 」と呼んでいる。再分析が必要になった場合に、「統語解析装置 (parser) 」(文の理解を行う心的装置)がどのような原理で働いているのかを研究することは、文理解研究の重要なトピックである。本研究では、再分析を要請する要素(「エラーシグナル (error signal) 」と呼ばれる)を組み込んだ再分析処理に関して近年
提案された「最小の最大投射原理」(大石, 2007、以下MMPP と略記する)に注目した。この原理は、自動詞を含む関係節文の文処理を正しく予測する仮説として提案されたものであったが、本研究ではこの仮説が他動詞を含む関係節文でも妥当であるかどうかを検証した。読み時間実験の結果は、MMPP の予測とは合致しなかった。むしろ、MMPP とは矛
盾する「構造保持原則」の予測に合致するものであった。先行研究における自動詞関係節文の実験結果と、本研究の他動詞関係節文の実験結果の両方を矛盾なく説明するためには、構造選好に関する従来の2 つの仮説は不十分であり、別の原理が働いていると考えなけれ
ばならない。そこで本研究は、「統語解析装置は、一定のthematic role の組み合わせによって2 つの名詞句が関連付けられているときには、この関連付けを極力保持しながら構造を再構築する」とする“Thematic Role-Based Hypothesis” (TRBH) を新たな仮説として提案した。
河野翔子(2013)英語母語話者におけるfiller-gap依存関係の構築ー日本語母語話者との比較検討を通してー
[要旨]
人間が言語を処理する過程の中で、filler-gapの依存関係を構築する際に処理負荷の非対称性が生じることがこれまでの研究において指摘されてきた。この非対称性を説明するための仮説として、距離尺度の観点から線形的距離仮説と構造的距離仮説の2種類が存在する。しかし、英語関係節文・分裂文の研究においては、その処理負荷の非対称性が線形的距離仮説・構造的距離仮説のいずれにより説明できるかは明らかになっていない。本研究では、線形的距離仮説と構造的距離仮説とで異なる結果を予測する日本語関係節文・分裂文を用い、日本語をL2として学んでいる英語母語話者を対象にした読み時間実験を行った。実験結果としては、関係節文・分裂文の双方において十分な統計的な差を得ることはできなかったが、初級の日本語学習者において、関係節文では主語関係節文の方が目的語関係節文より読み時間が短くなり、分裂文においては主語分裂文が目的語分裂文よりも読み時間が短くなるという読み時間の差異がみられた。これらの結果はいずれも構造的距離仮説を支持するものであり、この結果は、英語母語話者がL1において構造距離に基づいたfiller-gapの依存関係を構築している可能性を示唆するものとなった。
桑原行人(2013)日本語三項動詞文の理解過程についてー右方転移文を用いた検討ー
[要旨]
日本語の三項動詞文の基本統語構造については、三つの異なった仮説が提案されている。(1)Hoji仮説:ニ格名詞句がヲ格名詞句よりも高い位置の構造。(2)Miyagawa仮説:ニ格名詞句がヲ格よりも高い構造も、ヲ格名詞句がニ格名詞句より高い構造もどちらも基本である。(3)Matsuoka仮説:ニ格名詞句が高い位置にある構造を持つShowタイプ動詞と、ヲ格名詞句が高い位置にある構造のPassタイプ動詞がある。これらの仮説に関して、文理解の観点から検証を試みた研究に、Koizumi and Tamaoka (2003)や石川 (2012)がある。本論文では、これらの研究の問題点を指摘し、右方転移文を用いた読み時間実験を2つ行った。まず実験1では、実験文 にShowタイプ動詞を用い、Miyagawa仮説が棄却される結果が得られた。次に、Passタイプ動詞を用いた実験2により、Hoji仮説の妥当性が支持された。
徳永奈美(2013)日本語における左側節境界の設定についてー時の副詞の呼応関係を中心にー
[要旨]
主要部後置型の日本語の文処理において、述語の出現を待たずに、即時的に文構造が構築されていることが明らかとなっている(大石・坂本, 2004)。補文構造を持つ文を処理する場合、即時的に処理を進めるためには、解析装置は、何らかの情報に基づいて、左側節境界の設定位置を決めなければならない。
Miyamoto (2002) は、解析装置が、格助詞の情報に基づいて、文解釈のために主節とは別の節が必要だと気付いた時点で、その直前に、左側節境界を設定すると主張している。それに対し、村岡 (2008) は、否定呼応副詞が主節主語と補文節主語の間に存在する文において、補文節主語が入力された際に、否定呼応副詞の直前に左側節境界が設定されることを明らかにした。
しかし、このような処理の優先性をもたらす要因は明らかにされておらず、かつ他の呼応関係についてはまだ十分な検討がなされていない。そこで本研究では、時の副詞(過去)と動詞の時制の呼応関係が、左側節境界の設定位置に影響を与えるかについての検証を行った。結果として、左側節境界が補文節主語の直前ではなく、主節主語と補文節主語の間に位置する時の副詞(過去)の直前に設定されることを示した。つまり、時の副詞を用いた場合でも、否定呼応副詞と同様に、副詞の直前に左側節境界が設定され、呼応関係の構築が優先されることが明らかとなった。よって、解析装置が予測し得る要素の数が少ない要素関係(否定呼応関係・時の副詞の呼応関係)が左側節境界の設定位置に影響を与える可能性が示された。
矢野舞子(2013)日本語におけるgap-filler依存関係の構築ーERPを用いた焦点化分裂文の研究ー
[要旨]
fillerとgapの依存関係に関する研究は、従来fillerがgapに先行するfiller-gap依存関係について広く行われてきた。一方、主要部後置型の日本語ではfillerとgapの前後関係が逆転し、gapがfillerに先行するgap-filler依存関係を持つ。このことから、filler-gap依存関係では検証が難しい線形的距離仮説や構造的距離仮説について有益なデータを提供することができる。本研究では、gap-filler関係を持つ焦点化分裂文の処理負荷の非対称性の要因としてgap-filler統合の処理負荷に加え「予測可能性」の影響を考察対象に入れ、実験文に文脈を付して読み時間実験を行った。
さらに、生理指標である事象関連電位(Event-Related brain Potential: ERP)による実験結果から、gap-fillerの依存関係の構築に関して検討を行った。
石川優衣(2012)三項動詞文の基本語順についてー動詞情報からの検討ー
[要旨]
三項動詞の基本語順には諸説あり、どれが正しいのかが良く分かっていない。Koizumi and Tamaoka (2004)は、被験者ペースの読文実験の結果から、動詞の種類に関係なくガニヲ語順が基本語順であるとしたが、実験における問題点がいくつか挙げられている。最も大きな問題は動詞より先に呈示される格助詞の情報の強さであり、それによって動詞情報による語順の予測が薄れていることである。この問題点を解決するため、動詞情報を先に呈示できる多重焦点化分裂文を用いて読文時間実験を行った。結果としては、動詞のタイプに関係なく、ガヲニ語順の方が、ガニヲ語順よりも読み時間が短い傾向が見られた。この結果は、三項動詞の基本語順に関するHoji仮説と、gap-filling parsingの組み合わせにより説明できると提案した。
村山博美(2012)子どもの比喩表現の獲得についてー情動と身体運動感覚を用いた研究ー
[要旨]
Keil (1986) などにより比喩のなかでも心理物理的比喩がもっとも獲得が遅いと主張されてきた(心理物理的比喩獲得遅延仮説)。しかし宮里・丸野・堀 (2010) の「情動」と「身体運動感覚」の比喩理解促進効果を検証した実験において、心理物理的比喩の理解はそれらの要素を用いることによって促進されたという結果が報告されている。この結果より心理物理的比喩の獲得年齢は従来指摘されてきたものよりも低いことが明らかとなった。
しかし宮里・丸野・堀 (2010) においては、心理物理的比喩以外の獲得時期について検証されていない。よって、Keilらが主張していた心理物理的比喩獲得遅延仮説は曖昧なまま残されていることになる。そこで本研究では「情動」「身体運動感覚」の要素を取り入れて、口頭産出という方法で心理物理的比喩と共に関係的比喩の獲得時期を明らかにする実験を行った。その結果、心理物理的比喩よりも関係的比喩のほうが有意に早く獲得されることが明らかになった。つまり、「情動」と「身体運動感覚」を用いても心理物理的比喩獲得遅延仮説は棄却されなかった。よって、比喩の分類のうち心理物理的比喩は特に獲得が遅いという可能性は残り、他の比喩とは異なる分類にある主張は支持された。
立山憂(2012)譲歩文の理解過程について―事象関連電位を指標として―
[要旨]
人間が文を理解する際には、次々と入力される要素間の関係を構築する関連付け処理が行われている。これまで、関連付け処理について、時間分解能に優れた生理指標である事象関連電位(Event-Related brain Potential: ERP)を用いて検討が行われてきた。様々な言語を対象とした研究の結果、関連付けられる二つの要素の関係性や、関連付け処理の過程について、いくつかの提案がなされたが、すべての結果を統一的に説明できるモデルは示されていない。本研究では、文処理装置は一方が他方を予測させるような共起関係にある二つの要素に対して関連付け処理を行うとするモデルを提案した。そして、これまで扱われることのなかった、呼応副詞を含む副詞節における関連付け処理について検討し、このモデルの妥当性について検証した。
下田美超(2012)照応表現「そうする」の理解過程について―ERPを指標として―
[要旨]
一般に、深層照応は言語的先行詞を必要としないことが、先行研究で主張されている。一方、大津(2001)は、照応を解釈する際に必要な要因として、言語的文脈と非言語的文脈に分けて検討することに疑問を呈している。そこで、関連性理論を用いて、照応のプロセスを説明しようと試みている。
本研究では深層照応と考えられている日本語「そうす(る)」に焦点を絞り、生理指標である事象関連電位(Event-Related Potentials: ERP)を用いて、言語的先行詞と非言語的先行詞(本実験では絵を使用)の両方が現れるような場合に、「そうす(る)」表現がどのように解釈されているのかを観察するため、実験を行った。
結果、P600は見られず、通常より早い潜時帯であるものの、N400と思われる陰性成分が観察された。表層照応と考えられているCM-strippingを用いて同様の実験を行った伊藤他(2011)ではP600が観察されているが、N400は観察されていない。この結果は、CM-strippingと異なり、「そうす(る)」文の解釈の際に、意味的な処理が行われていることを示唆している。
見月香織(2012)隠喩文の理解過程についてー意味活性の時間的変化ー
[要旨]
隠喩文の理解過程について、direct processing modelとindirect processing modelという2つのモデルがある。Blasko & Connine(1993)は、熟知度の低い隠喩文の処理においては、indirect processing modelが適応される可能性を示唆した。このモデルは、隠喩文を処理する際に、(i) まず字義的な意味が計算され、(ii) 文脈に合うか判断し、(iii) 合わないと判断した場合に隠喩的な意味を計算する、というモデルである。しかし、Blasko & Connine(1993)では、ISI条件間の直接的な比較が行われていないことや、ISIの条件が0msと300msの2つであることから、indirect processing modelの検討が十分に行われているとは言えない。
本研究では、隠喩文の理解過程において、隠喩的な意味と字義的な意味が、いつ、どのように活性化するのかを調べるために、ISIとプライムの両方について条件を設けて実験を行った。その結果、隠喩文の処理過程において、隠喩的な意味も、字義的な意味も処理直後から活性化するという結果が得られた。これはindirect processing modelではなく、direct processing modelを支持するものであった。
* 学部生でも希望があれば、学会発表や雑誌論文執筆の指導も行っています。卒業研究で日本言語学会大会発表賞を受賞した学生や、国際雑誌に論文が掲載された学生もいます。
これまでに指導した修士論文
Kim, Yoan (2015) Processing of pre-nominal relative clauses in Korean [link]
立山憂 (2014) 文理解における依存関係の構築過程について[link]
FAQ
他大学の院も同時に受験して良いか?:積極的に検討してください。
教員や院生から直接話を聞き、学費・指導方針/体制・旅費/実験謝礼などの支援・TA/RA・研究/実験環境・修士号/博士号の取得状況・就職状況などを比較検討した上で入学することをオススメします。
雰囲気:国内のラボでよくあるような教員-指導学生の上下/師弟関係はないので、学生は自身の研究プロジェクトの研究代表者として、
私はその研究プロジェクトのアドバイザー役として、より対等な立場で研究を進めたいひとが向いていると思います。
自分の研究プロジェクトにしか関心がない学生よりも、心理言語学ラボのチームのメンバーとして学び合い、協力するできる学生を歓迎します。
コアタム:ないです。自分の好きな時間帯に来て研究して下さい。
TA・RA:あります。ただしバイト代はあまり多くないです。
奨学金・研究助成:奨学金や研究助成に応募したいときは積極的に相談してください。博士後期課程で最も有名なものとしては日本学術振興会の特別研究員DCがあります。
その他にもありますので随時相談してください。
働きながら大学院に通えるか?:標準修業年限内での修業が難しい場合は「人文科学研究科長期履修制度」を利用することが出来ます。
博士後期課程には進学せず修士課程のみでも良いか?:問題ないです。院卒のひとが研究に直結しないような分野でももっと活躍していってほしいと思っています。
大学院受験/大学院入学までに読んでおくと良い本:
○ 言語処理関連:
van Gompel (2013),
Traxler (2023),
Nakayama (2015),
郡司・坂本(1999),
大津・乾・岡田・坂本・西光(1998),
小野(2018)第6–11章,
中谷(2021)第4章,
Sakamoto (2007),
Nakayama (2001),
○ 脳波関連:
入戸野(2005),
Luck (2014),
○ 理論言語学関連:
田窪・稲田・中島・外池・福井(1998),
北川・上山(2004),
杉崎・稲田・磯部(2022),
渡辺(2009),
Radford (2020),
Radford (2016),
○ 統計・実験:
竹内・水本(2023),
ラクストン・コルグレイヴ(2019)
○ 科学的研究の方法論・論理学:
米盛(2007),
伊勢田(2003),
植原(2020),
野矢(2001),
野矢(2006),
野矢(1994),
野矢(2020),
倫理的な点に関して
教室に所属すると実験研究を行うことになると思いますので、研究倫理を遵守する必要があります。(東京都立大学南大沢キャンパス研究指針(人文科学研究科))
<抜粋>
研究者は、人間の尊厳を重んじ、基本的人権に配慮しなくてはならない。研究者は参加者の権利と福祉を保護する責任と、そして、これを保障するためにできる限りの措置を執る責任を認識し、その責任を負わなくてはならない
研究者は、参加者の性・信条・年齢・学歴・地位・障害の有無・人種(レイス)、民族、その他にもとづく差別的な扱いや言動、ハラスメントを行ってはならない。
障がい等の事由により合理的配慮が必要な学生は、矢野に相談して下さい(参考:東京都立大学ダイバーシティ推進室)
共同研究に関して
(このセクションは進学希望者向けではなく、共同研究に興味のある研究者向けの内容です)
共同研究のお話は積極的に歓迎しております。具体的な研究内容についてメールでお問い合わせください。言語科学教室の実験設備を借りて実験されたい場合は、以下の2点について事務作業が必要になります。
- ① 倫理申請:実験内容を倫理員会に提出して承認を受けます。通常、1-2ヶ月かかります。内容によっては私の研究プロジェクトに協力者として追加する方法が可能なこともあります。
- ② 実験室への入室許可の申請:客員研究員等になって頂き、申請資格を得るのが最も簡単な手続きになると思います。教授会で承認を得る必要があるため、1-2ヶ月かかります。
以下の点に関してあらかじめご理解頂くよう、お願い申し上げます。
- ① 実験参加者に対して謝金(QUOカード・アマゾンギフト券など)を支払う。
- ② 計測に最低限必要な消耗品(例えば脳波計測のジェル代)を支払う。
- ③ (補佐が必要であれば)行動実験・脳機能計測実験を補佐してくれる大学生・大学院生にアルバイト代を支払う。貢献度に応じてオーサーシップを検討する。
- ④ 実験機材を丁寧に扱う(高額な実験装置があります)。故意又は過失によって実験機材を故障させた場合は修理代を支払う。
この点を考慮し、アルバイトとして雇用する学生は、学生賠償責任保険等に入ることを原則とします。
https://hoken.univcoop.or.jp/student/
- ⑤ 言語科学教室で所有する情報(スクリプトやマニュアルを含む)を許可なく公開しない。